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50年前の恐怖

 1959年(昭和34年)9月26日(土曜日)は、忘れもしない伊勢湾台風がここ東海地方に上陸し、雨風で散々荒らしまくって行ったその日です。 その日からもう50年が過ぎたのですね。
 当時私は、両親と弟の4人で、名古屋市南区に住んでいました。 そしてその日我が家は梁まで水に浸かりました。 当時12才、小学6年生でした。  その日はあまりの風の強さに屋根が吹き飛ぶのではないかという不安から、畳を外して縁の下にもぐりました。  周囲は停電し真っ暗でした。 ロウソクの明かりを頼りにいつでも逃げる事ができるように準備はしていました。  風の強さと、雨漏りに気を取られていましたが、しばらくすると縁の下に水が入ってきたのに気づきました。  伊勢湾台風の3年ほど前の台風で水害の被害を受けたことがありました。 その経験から、即避難しようということになりました。  外に出ると、道路は冠水していましたが、深さは膝下でしたのでなんとか歩くことはできました。 「 ここは元々海だったんだ、人間の住むところではないぞ!!」 とばかり怒鳴られながら逃げました。  しかし、徐々に水かさが増してきて、弟の足が進まなくなってきました。  丁度その時、敷地が道路より50cm程高い農家の前にさしかかっていたので、そこにお願いして避難させていただきました。  土間に腰掛けホッとしたのも束の間、土間に水が入ってきました。  その農家には中二階に部屋がありましたのでそこにあげてもらったのですが、あっという間に階段の最上段まで水が駆け上がってきました。  その時近くの川の堤防が決壊したのです。  ロウソクの明かりに水面が見え、いつこの水が襲ってくるのだろうかと恐怖にうち震えていました。  
 それからいく時間経ったのだろう、風雨の音が小さくなると共、助けを求める人の声が聞こえてきました。  屋根の上に逃げて必死で助けを求めていたのです。  明かりはなく、水没を免れた屋根だけが黒い影になって見えました。  
 翌日、水に浸かってないところまで筏で運んでもらいました。  天気は快晴。  台風一過です。  わずか数時間前まではまさに恐怖の世界でした。  その後、水に浸かっていない中学校で2ヶ月ほど避難所生活を送りました。  この避難所生活は多くの遺体と一緒でした。  ムシロを被せた遺体が運動場に列べられました。  避難所周辺には遺体の腐臭が漂っていましたが、不満を言う人はいません。  どんなきっかけが生死を分けたのか、ひょっとしたら自分がムシロを被せられていたのかも知れないと思えば、少々のことは我慢できたのです。  
 我が母校は、明日27日(日)は運動会との事、 50年前も確か明日は運動会と楽しみにしていたのを思い出しました。 亡くなった友を思い浮かべて合掌。 

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