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初盆

 先日は短時間のゲリラ的大雨で、家の前の区画道路が30cmほど冠水し、道路を挟んだ駐車場に駐車していたマイカーがあわや水没するかと思われました。 幸いマフラーのすぐ下で冠水は止まりましたので、ホットしました。 何せここは海抜ゼロメートル地帯、で、なおかつ排水のため、道路の中でも低い位置となっています。 雨が小降りになって20分もしたら、あっという間に道路上の水はなくなりました。 都市型災害の一端を見た思いです。 道路のアスファルト舗装など全部剥がしてしまったらどうだろう。 雨水流出の集中をすこしでもずらせれば排水に効果的だと思うのですが。 加えて気温も少しは下がるのではないでしょうか。

 5月に亡くなった父親の初盆。 盆の飾り付けをし、お経を上げてもらい、何とか無事行事を済ますことができました。 キュウリで馬を作り、ナスで牛を作り、迎え火を焚いて父の霊を家に迎え、送り火を焚いて彼岸に帰ってもらいました。 これは昔からの風習だそうです。 とやかく言わずに、風習に従いました。 

 それと、父親の通夜・葬儀以来、「この度はまことにご愁傷様でした。」 というお悔やみの言葉が気になりました。 自分でも使っていたのですが、立場が代わるとその言葉が妙に気になり出したのです。 

 友人が何か行動して失敗したとき、時折 「ご愁傷様」 を使いますが、「運悪く失敗した」というイメージで使いますね。 これが葬儀の時では、「運尽きて死んでしまった」 と聞こえてしまうのです。 会葬にみえる方は決してそんなつもりで挨拶される訳ではありませんが。 次回、他人様の葬儀に出るようなことがあればどうしようかな。 やっぱり「この度はご愁傷様」にしておこうかな。 

 私は人間の死を、運悪く偶然死んだ結果とは考えていません。 死は、霊および霊体がつぎの生へ転生するための準備をするため今生の住処である肉体を捨て、彼岸に住処を移す時のまさにその状態と考えています。   

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